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吟鳥子(ぎんとりこ)という漫画家の、マンガ以外はスローならくがきブログです。ボードゲーム等も。
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吟鳥子がしゅみでほんやくしている英語のSF小説の、
第一章の、その三 です。

読まれる方は、「続きはこちら」からどうぞ。

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#1-3


 兵士たちは、黒曜石のように光る目をすばやく動かして、アイリーンと部屋の中を検分した。彼らの唇は薄く、平板で残忍な顔にはむごい切り傷がいくつもあった。

「名は?」

 職業記録らしい書類の束を持っているゲルン兵が、するどい声で言った。

「はい――」アイリーンは声のふるえをどうにか飲み込み、冷静で恐れていないように見せようとした――「アイリーン・ルイス・フンボルトです……デイル・フンボルトの妻です」

 ゲルン兵はちらりと書類を見た。

「亭主はどこにいる?」
「デイルはX線観測室にいまし――」
「貴様は不合格だ。外へ出ろ。他の奴らと一緒に通路を降りるんだ」
「あの、主人は――」
「出ろ!」

 それは、彼女に先んじていくつもの船室でも叫ばれた声だった。
 ゲルン兵はカツ、と彼女に靴音を鳴らして迫り、アイリーンはあわてて二つのバッグをつかみ、もちろん一方の手はビリーを決して離さず、急いで通路へと出た。
 もう一人のゲルン兵が、アイリーンのバッグの一つをひったくって床に放り投げた。

「荷物は一人、一つだけだ!」

 彼はいらだった仕草で、ぐいとアイリーン親子を邪険にドアの向こうへと押しやった。
 今やアイリーンは不合格者の烙印を押され、羊の群のようにおしあいながらエアロック・ポートへと通路を降りてゆくうちの一人となった。
 不合格者の中にはたくさんの子供たちがいて、幼いものは怯えて泣き叫び、片親か兄姉になだめられていた。中にはそんな家族が一人もいない子供もいて、見知らぬひとにすがりついて手をつないでもらい、どうしたらいいのかをくり返し尋ねる姿も見られた。

 途中で、X線観測室へと続く通路の前を通った。
 アイリーンはそこにも不合格者となったと思しき集団を見たが、その中にデイルの姿を見つけることはできなかった。

 そして、アイリーンとビリーは、二度とデイルに会うことはなかった。



「艦から出ろ!早く!ぐずぐずするな!」

 ゲルン兵の指示がむちのように飛び交う中、アイリーンと不合格者たちは巡洋艦の搭乗スロープの上を押し合いへし合いつまずきながら、どうにか岩だらけの大地へと降り立った。とたんに、今まで経験したことのない恐ろしいほどの重力に襲われる。

 彼らは荒涼とした、不毛の谷にいた。
 冷たい風がうなりを上げて吹き下ろし、重たくたれこめた雲から、アルカリ性の塵が激しく吹きつけてくる。
 谷の周囲にはごつごつとした小嶺があり、その真白い天辺は射光をきらめかせながら風に雪を吹き踊らせている。
 すでに陽は沈み、空は暗かった。

「艦から離れろ!もっと早く動かんか!」

 この厳しい重力のなかでは、歩くのさえ難しい。一方の手にバッグを持ち、一方にビリーの手を握って立っているだけで、アイリーンには精一杯なほどだった。

「奴らは、俺たちを騙したんだ!」

 隣にいた男が突然、叫んだ。

「戦おう!みんな、武器を――」

 ゲルン兵のブラスターが弾けるような音をたてて鮮烈な青い光を放ち、隣の男の体が、どさりと地面に投げ出された。男の息は絶えていた。
 アイリーンは本能的な恐怖にすくみ上がって、死角にあった岩につまずき、転んだ。なけなしの衣類のつまったバッグが手から離れ、彼女はあわてて起きあがった。左のひざをひどくぶつけていたが、痛みはあまり感じなかった――そしてバッグを、手に取り戻そうとした、その瞬間。
 はっと気がつけば、先ほどのゲルン兵が、銃を抜いたままアイリーンの側に立っていた。

「早く艦から離れろと言っている」

 ブラスターの銃把がアイリーンの側頭部を殴打した。

「動け!」

 突然の激痛にアイリーンはよろめいたが、ビリーの手を強く握りしめ、足を必死に前へと進めた。彼女の薄い服に、風は氷のナイフのように切りつけ、額から頬には血がしたたって落ちた。

「あいつ、ママを殴った」

 ビリーが言った。

「あいつが、ママを傷つけた!」

 そしてビリーは、ゲルン、と獰猛な声でつぶやいた。幸福な5才の少年ならば、知るはずもないような感情を込めて。

 やっとの思いで、集まる人々のはずれに足を停めて、アイリーンは不合格者の全員がすでに巡洋艦から降りていることに気づいた。ゲルン兵はもはや巡洋艦に引き上げようとしていた。
 更に半マイルほど谷を下ったところに、もう一隻の巡洋艦が着陸しているのが見えた。すでに不合格者は全員下艦したようで、搭乗用スロープは艦内に収容されていた。
 ひとまずビリーのシャツのボタンを上まで留め、自身の顔の血をぬぐっていると、向こうの巡洋艦がエンジンのうなりを上げた。間を空けずこちらの巡洋艦もエンジンを吹き上げ、二隻は並んで浮かび上がり、爆音をとどろかせながら谷を航行し、やがて高く高く、小さくなって、暗い空へと消えていった。
 爆音の立ち消えたあとの谷には、ただ風のうなりと、子供たちの泣き声だけが残されていた。

 どこかで、声がした。

「俺たちは――どこにいるんだ?畜生…やつらは、俺たちに何をしたんだ?」

 アイリーンは、ごつごつとした岩山から雪が風にたなびくのを見上げ、きつく体を大地に引き寄せる重力を噛みしめ、……そして、自分たちがどこにいるのかを覚った。

 惑星ラグナロク。

 1.5Gという強烈な重力に、獰猛な獣が徘徊し、おそろしい熱病が猛威をふるう、とても人間の生き抜ける環境ではない、地獄の惑星。
 ラグナロクの名は古い北欧神話からとられたものだ。その名の意味するところは、<神々と人類の最期の日>……

 ラグナロクはダンバー探査隊に発見された惑星である。アイリーンの父はそれについて語ったことがあった。艦から離れた8人の内、6人が死んだと。そしてこれ以上、この惑星にとどまれば、探査隊の全員が死ぬことになると覚った――と。

 アイリーンは、ゲルン人が後から艦をよこして、不合格者たちを地球に連れ戻すつもりなどないことを理解した。
 彼らは全員、死の宣告を受けるがごとく、この惑星に遺棄されたのである。

 ――デイルはいない。私もビリーも、この惑星でどうしようもなく、ただ死ぬしかないの…?

「ママ。もうすぐ…真っ暗になっちゃうよ」

 ビリーの声は、寒さにふるえていた。

「パパが、暗くて僕たちを見つけられなかったら、困るね。僕たち、どうしようか」
「知らないわよ!」

 アイリーンは叫んだ。

「助けなんて来ないのよ……!どうしたらいいのかなんて、私……私にどうしろって言うの、どうしたらいいの……!」

 アイリーンは、都市部で育った。こんな、武装した探査隊の人間ですら命を落としたような惑星で、何をすればいいのかなど、どうして知っているだろう。
 それでも彼女は、ゲルン兵の前に毅然と立った時の勇気をもう一度、取り戻そうと努力した。だが、今は――今は、夜が迫っていて、それはとてつもない死への恐怖を伴っていて、……もうデイルには二度と会えない、惑星アテナや地球を見ることもない、二度と朝の訪れを見ることもないだろう――今夜、私たちは死ぬのだから!

 アイリーンは泣き出すのをこらえようとして、失敗した。ビリーは、そのちいさな冷え切った手で嗚咽する母の手にふれ、元気づけようとした。

「ママ、泣かないで。たぶん…たぶん、みんな怖いんだよ?」

 みんな――怖い。

 そうだ。アイリーンは一人ではない。どうして一人な訳があろう。周りの全ての人間が彼女と同じく、無力で寄る辺ない存在なのだ。彼女と同じ運命の、4000の人間が、今ここにいるのだ。

「ええ……そうだわ、ビリー」

 アイリーンはやっとのことで、答えた。

「……私、考えなしだったわね……ごめんなさい」

 アイリーンはひざまづいてビリーの体を抱きしめた。
 幼い息子をかたく抱きしめたまま、心のなかで叫んだ――

 ――涙も恐怖もここでは役に立たない。それはどんな未来も運んではこない!何が私たちを殺しにこようと、どんなに恐ろしいことがあろうと、戦わなければならない。私たち自身のために、子供たちのために!私たちの全てをもって、私たちの子供たちのために!

「私、バッグを探してくるわね。あれにはお洋服が入っているの」

 アイリーンはそっと息子を離した。

「ビリー、ここから動かないでね。この岩影にいるのよ。すぐに戻ってくるわ」

 それから……アイリーンは、おそらくビリーの年齢では真実に理解するのは困難であろうことを、口にした。

「私はもう二度と泣かないわ――今はもう、するべきことが分かっているの。あなたの未来を守ることよ、ビリー……私の命の、最期の一息まで、あなたの未来のために使うわ」
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