吟鳥子(ぎんとりこ)という漫画家の、マンガ以外はスローならくがきブログです。ボードゲーム等も。
#1
さながら狩り出される獲物のように、航宙艦コンステレイション号が超空間に逃げこんで7週間がすぎていた。
通信機器は沈黙したままだが、エンジンは力強くうなり、轟音をとどろかせている。
しかし……アイリーンは、日夜、操艦室のセンサーの針が危険の近いことを示す赤いエリアに振れていることを知っていた。
この艦は8000人の移民を乗せている。
アイリーンは、船室のベッドの上にいた。
枕に耳を押しあてていても、絶え間ないエンジンの轟音や、コンステレイション号の外壁のうなるような振動が伝わってくる。
――わたしたちはきっと大丈夫、もう大丈夫よ。
彼女は、胸の内でくりかえす。
――惑星アテナまでは、あと、たったの40日。
移民たちを待つ、惑星アテナでの新しい生活のことを思うと、アイリーンはもはや横になってはいられなかった。
彼女は起きあがり、ベッドに腰かけたまま灯をつけた。夫のデイルは出かけていた――彼は呼び出されて、コンステレイション号のX線観測室の機器を調整しにいったのだ。息子のビリーは眠っていた。ベッドカバーにすっぽりとくるまっているので、ただ少年の茶色い髪と、彼のくたびれたテディベアのふかふかの鼻づらだけが見えた。
アイリーンは、ビリーを起こさないように気をつけながら、そっとカバーごしの少年の肩に、ふれた……。
その時だった。恐れが現実となったのだ。
鼓膜をつきやぶるような爆発音とともに、艦の船尾からガガガッと激しい揺れが襲ってきた。艦は無慈悲に傾き、骨組みが高い音を立ててきしみ、全ての灯が激しく明滅して、消えた。
暗闇のなかで、アイリーンは自動防護システムがやつぎばやに内部隔壁を下ろして、真空となったセクションを切り離している音を聞いていた。シュン、シュン、シュン――――
内部隔壁が閉じられてなお、今度は船首のほうに起きたらしい爆発に、ズウン、と重たい音が響いた。
そして沈黙がおとずれた。
何一つ、ぴくりともしない、完全な沈黙の闇だった。
恐怖の冷たい指先がアイリーンの躯を這い回った。彼女の脳は、まるで感情の失せた冷ややかな他人の声で彼女に宣告した。
『ゲルン人に見つかった』
ふ、と灯が復帰したが、ひどく弱々しい光だった。それと同時に、この事態をいぶかる人々のざわめきが、壁ごしに他の船室から伝わってきた。
アイリーンはふるえる指で、ぎこちなく夜着を着がえはじめた。ただ、ただ、夫のデイルが現れて、彼女を安心させてくれることを祈っていた――何も深刻なことは起きていないと、この事態はゲルン人とは関係ないと、夫に言ってほしかった。
彼女のいる小さな船室は、おそろしく静かだった。アイリーンは、どうにか着がえを終えるころに、やっとその理由に気づいた。
常に排気音をたてていた空気の循環ダクトが、沈黙していたのだ。
それは空気再生システムが働かなくなるほど、コンステレイション号が激しい損傷を受けたのだということを意味していた。
8000人の命が、このシステムに委ねられているというのに…!
甲高い音をたてて緊急ブザーが鳴り響いた。
スピーカーから流れるその音は、艦内のあらゆる狭い通路にも響きわたった。聞こえてきた声は、アイリーンの記憶にある、レイク少佐のものだった。
「我が地球がゲルン帝国の宣戦布告を受けたのは、10日前のことになる。本日、2艦のゲルン巡洋艦が当艦を攻撃し、その艦砲により、当艦の船尾と船首を完全破壊。当艦は駆動部とエネルギーを失い、わずかな予備バッテリーを残すのみとなった。私はコンステレイション号において、ただ一人生存している士官である。ゲルンの司令官は当艦に乗り込み、私に降伏条件を突きつけた」
レイクは続けた。
「誰一人、許可なく自分の船室から出てはならない。艦内のいずれにいるにせよ、そこに留まるように。これは混乱を避けるためにも、可能な限り多くの者に先々の指令を伝えるためにも、必要なことである。くり返す。絶対に、自分の船室から出てはならない」
スピーカーからの音声は、ぶつっと、切れた。
アイリーンは立ちつくしたまま、レイク少佐のただひとつの言葉が耳にこだまするのを聞いていた――――私はコンステレイション号において、ただ一人生存している士官である……私はコンステレイション号において、ただ一人生存している士官である……
ゲルン人は、彼女の父親を殺したのだ。
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通信機器は沈黙したままだが、エンジンは力強くうなり、轟音をとどろかせている。
しかし……アイリーンは、日夜、操艦室のセンサーの針が危険の近いことを示す赤いエリアに振れていることを知っていた。
この艦は8000人の移民を乗せている。
アイリーンは、船室のベッドの上にいた。
枕に耳を押しあてていても、絶え間ないエンジンの轟音や、コンステレイション号の外壁のうなるような振動が伝わってくる。
――わたしたちはきっと大丈夫、もう大丈夫よ。
彼女は、胸の内でくりかえす。
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彼女は起きあがり、ベッドに腰かけたまま灯をつけた。夫のデイルは出かけていた――彼は呼び出されて、コンステレイション号のX線観測室の機器を調整しにいったのだ。息子のビリーは眠っていた。ベッドカバーにすっぽりとくるまっているので、ただ少年の茶色い髪と、彼のくたびれたテディベアのふかふかの鼻づらだけが見えた。
アイリーンは、ビリーを起こさないように気をつけながら、そっとカバーごしの少年の肩に、ふれた……。
その時だった。恐れが現実となったのだ。
鼓膜をつきやぶるような爆発音とともに、艦の船尾からガガガッと激しい揺れが襲ってきた。艦は無慈悲に傾き、骨組みが高い音を立ててきしみ、全ての灯が激しく明滅して、消えた。
暗闇のなかで、アイリーンは自動防護システムがやつぎばやに内部隔壁を下ろして、真空となったセクションを切り離している音を聞いていた。シュン、シュン、シュン――――
内部隔壁が閉じられてなお、今度は船首のほうに起きたらしい爆発に、ズウン、と重たい音が響いた。
そして沈黙がおとずれた。
何一つ、ぴくりともしない、完全な沈黙の闇だった。
恐怖の冷たい指先がアイリーンの躯を這い回った。彼女の脳は、まるで感情の失せた冷ややかな他人の声で彼女に宣告した。
『ゲルン人に見つかった』
ふ、と灯が復帰したが、ひどく弱々しい光だった。それと同時に、この事態をいぶかる人々のざわめきが、壁ごしに他の船室から伝わってきた。
アイリーンはふるえる指で、ぎこちなく夜着を着がえはじめた。ただ、ただ、夫のデイルが現れて、彼女を安心させてくれることを祈っていた――何も深刻なことは起きていないと、この事態はゲルン人とは関係ないと、夫に言ってほしかった。
彼女のいる小さな船室は、おそろしく静かだった。アイリーンは、どうにか着がえを終えるころに、やっとその理由に気づいた。
常に排気音をたてていた空気の循環ダクトが、沈黙していたのだ。
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漫画家の吟鳥子(ぎんとりこ)のブログです。
日々、まんががあれば幸せです。
良きまんがを愛してぼちぼちスローに生きています。
○単行本○
秋田書店/ボニータコミックス
「アンの世界地図」1〜
新書館/ウィングスコミックス
「いづれの御時にか」(いづれのおんときにか)全2巻
(日本語版、台湾版)
「鎖衣カドルト」(さいかどると)
(日本語版、台湾版)
「一人の王にさしあげる玩具」(ひとりのおうにさしあげるがんぐ)
(日本語版、台湾版、韓国版)
エンターブレイン/ビーズログコミックス
「架カル空ノ音」(かかるそらのね)全4巻
(日本語版、英語版、韓国語版、スペイン語版)
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「絵」
日々のらくがきおえかきの記事を、まとめて見られます。
「仕事・日記」
とても忙しかったり、ひまだった時の記事を、まとめて見られます。
「ほんやく」
管理人は英語がうまくなりたいので、英語の何かをほんやくしたりします。
「ボードゲーム」
最近、みんなで遊べるボードゲームにこっています。
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gin_tori☆dragon.plala.or.jp (☆を@に替えてください)
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こちらにある全ての絵の転載(画像を保存して公開すること・画像に直接リンクを貼ること等)は不許可です。
個人的ダウンロード(画像の保存)も、ご遠慮ください。
オリジナルイラストと吟鳥子の商業作品の絵は、すべて吟鳥子が著作権を有しています。
二次創作イラストはその題材において原作者と出版社に著作権がありますが、
二次創作イラストそのものの著作権は吟鳥子が有しています。
(原作者サイドからのクレームがあった場合は、すぐに消去いたします)
以上の理由から、閲覧者による無断転載・無断使用を禁じます。
悪質な場合は、法的手段による厳重措置をとらせていただくこともあります。
また、吟鳥子の商業作品のイラストに関しては、すべて出版社の諒解のもとに掲載しています。
If you find any copies of my works in any other places being used on a web site, printed or sold without my permission, please inform me as soon as possible, for there is a possibility of an infringement of copyright. It is also helpful if the URL or the place they are being printed or sold is indicated, so that it is possible to warn or to take legal actions against the person involved.
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