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吟鳥子(ぎんとりこ)という漫画家の、マンガ以外はスローならくがきブログです。ボードゲーム等も。
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吟鳥子がしゅみでほんやくしている英語のSF小説の、
第一章の、その二 です。

読まれる方は、「続きはこちら」からどうぞ。

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#1-2


 アイリーンの父は、かつて惑星アテナを発見したダンバー探査隊の副隊長だった。そのアテナにおける経験と知識は、アテナ植民計画において貴重だったため、彼はこのコンステレイション号に士官待遇で乗り組んだのだ―― ……その父が、ゲルンによって、他の士官たち同様に、殺されてしまったというのか!

 アイリーンは、どさりとベッドに座り込んだ。そして、自分ふくめ8000人の人生が、急激に取り返しのつかない変貌を遂げてゆく、この事実を受け止めようと……この事実に自分を順応させようと、努力した。

 惑星アテナへの植民計画は失敗したのだ。
 このような結果がありえることも分かっていた。コンステレイション号は極秘の内に計画され、ゲルンの探査艇の包囲網を何ヶ月もの間、逃れつづけた。そして全ての関係者の沈黙のうちに、この航宙艦は全速力で駆けた……ゲルンがこの艦を探り当てるような痕跡は、いっさい残さぬようにしていた。それでも。

 あとたった40日で、緑ゆたかで未だひとの手の入らぬ惑星アテナにたどり着くはずだったのだ!アテナはゲルン帝国の最も外側の支配境界線から400光年も離れている。ここならばおそらくゲルンに気づかれることなく数年を安全にすごすことができ、それはゲルンの攻撃に耐えうる惑星の防衛システムを造るのにも十分な時間だった。
 そしてアテナの豊富な資源を用いて戦艦や武器を鋳造し、それらによって、強大で利己的な大ゲルン帝国の情け容赦のない包囲網の拡大から、すでに資源の枯渇した地球を救うはずだった……

 アテナ計画の成功と失敗は、そのまま地球の最終的な生と死を意味していた。彼らはできうる限りの予防策を取ったが、ゲルンの探査システムはどうしたものか、惑星アテナとコンステレイション号の存在を嗅ぎつけたのだ。
 かくして、沈黙下の戦いは終わり、計画は風塵へと帰した……

 ビリーがため息をついた。あどけない、幼い夢を見ているようだった。その眠りは、8000の人生と地球の運命を変えた二度の攻撃にも、破られてはいなかったのだ。
 アイリーンはビリーの肩をゆすり、声をかけた。

「ビリー!」

 ビリーはすぐに、素直に身を起こしたが、そのあまりに小さな幼い姿に、アイリーンは心のなかで悲痛な祈りを叫ばずにはいられなかった。

 ――ああ神様、こんな5つの子供に、ゲルン人は何をするというのでしょう!

 ビリーは母の顔を見上げて、薄暗い灯に目をやり、そして急に眠気を醒ましたようだった。

「ママ、何があったの?なぜ、そんなに怖がっているの」

 息子に嘘をつく理由はなかった。

「ゲルン人に見つかったの」
「ほんとに」

 ビリーは5才ではあったが、その物腰には、以前から年齢の二倍もの落ち着きと考え深さがあった。この時もそうだった。

「ゲルンは……ゲルンは、僕たちを殺すのかな」
「坊や、お洋服を着てちょうだい」

 アイリーンはさえぎって言った。

「急いで。パパが帰ってきて、どうしたらいいか教えてくれるまでには、ちゃんとしていなくちゃ」


 アイリーンとビリーが身支度を済ませた頃に、ふたたび狭い艦内通路に緊急ブザーの音が鳴り響いた。
 レイク少佐の声だった。彼の声には、厳しさと苦さがにじんでいた。

「空気の再生システムに向けるエネルギーが無くなった。そのため、あと20時間で我々は窒息死する。このような状況下においては、ゲルンの司令官の要求する降伏条件を飲むしかないと判断した。
これからゲルンの司令官が話すが、その要求に抵抗せずに従ってほしい。さもなくば死のみが待っている」

 そしてゲルンの司令官の声がそれに代わった。早口で耳ざわりな、冷淡な声だった。

「この航宙域は……むろん惑星アテナも含み……ゲルン帝国の拡張領域として考えられうる。つまりこの艦は戦時下に、ゲルンの地から資源を奪い搾取せんと、故意にゲルン帝国の領域を侵した。
だが我々は快く、慈悲をもって提案しよう…これは我らの状況において必ずしも必要なことではないが、地球の専門技術者と優秀な労働者には、我々がやがて惑星アテナに建造する工場にて相応の仕事を与えよう。しかし、その他の者は不要であるし、我が巡洋艦にはそれらの者のためのスペースなど無い」

 アイリーンは息を飲んだ。

「貴様らの職業記録によって、貴様らを2つのグループに分ける。合格と不合格の2つだ。不合格の者は、巡洋艦によってこの付近の地球型惑星に運ばれ、そこで降ろされる。所持しても良いのは、個室に置いてある個人的な財産と、それに加えて薬や必需品などである。
その後に合格の者を惑星アテナへと連れてゆき、後日、巡洋艦によって不合格の者を地球へと連れ戻す。
このグループ分けによって家族が分割されるだろうが、抵抗はゆるさない。ゲルンの警備兵が、ただちにこの分割を行うために派遣される。自室にて待機せよ。彼らの要求には迅速に従い、質問などでわずらわせるな。反抗や暴動の兆候でもあれば、我らはこの提案を撤回し、巡洋艦は予定どおりの航路へと戻るだけである」

 最後通牒の後の静けさの中に、アイリーンは、言葉にならないざわめきが他の船室から漏れ出てくるのを聞いた。
 不安にぬりつぶされた声。絶望の針をつきたてられたうめき。
 全ての船室に、これが今生の別れとなるだろう親子が、兄弟姉妹がいた……

 船室の通路が、重たい足音でいっぱいになった。
 ゲルン兵の一隊が、迅速で精密な軍隊の動きで歩く音だった。
 アイリーンは必死に呼吸を整えようとしたが、彼女の心臓は鼓動でやぶれんばかりだった。だが足音は彼女の船室を通り過ぎ、通路の端へと向かった。

 彼女は通路の向こうでかすかに、兵士が船室に押し入り、居丈高に名を尋ね、「出ろ…出ろ!」と言っているのを聴いた。

「合格の者は次の指示があるまでそこに留まれ!不合格の者が外に出たあとは、決して扉を開いてはならない!」

 ビリーが母の手にそっとふれた。

「パパはここに来るのかな?」
「今……今すぐには無理でしょうね。でもきっと、それほどしない内に会えるわ」

 アイリーンは、はっとした。ゲルンの司令官が、不合格者が個人的財産をもって行くことを許可する、といったことを思いだしたのだ。
 品物を選んでいる時間はない。
 船室には二つの小さなバッグがあったので、彼女はそれに自身とデイルとビリーが必要としそうなものを急いで詰め込んだ。誰が不合格になるかは分からなかったが。
 それに、一体、何を詰め込めばいいのかも分からなかった。……たとえば衣服は、夏物と冬物のどちらにすればいいのか?
 ゲルンの司令官は、不合格の者を近くの地球型惑星に連れてゆくと言ったが、それはどの星のことなのか?
 父の所属したダンバー探査隊は、この宙域を500光年もの旅をして、地球型惑星はただひとつ、惑星アテナしか発見できなかったはずだ。

 どうにか二つのバッグに荷物を詰め込み終わった頃には、ゲルン兵の足音はもはや向かいの部屋に侵入するまでに迫っていた。厳しい、わずかな詰問の後に、すぐに命令が下される。「出ろ!ぐずぐずするな!」
 女性が嘆願をするような声が聞こえたが、すぐに何かを叩きつける重たい音が続き、「出ろ!一切の質問は許さん!」――数秒の後に、アイリーンはその女性が嗚咽をこらえながら通路に出てゆくのを聞いた。

 そしてゲルン兵の足音が、アイリーンの部屋の前に止まった。

 アイリーンはビリーの手をかたく握りしめ、ドクドクと破裂しそうな心臓を感じながら彼らを待った。彼女は高く頭を上げ、あらん限りの勇気を奮い起こしかきあつめて、自らを毅然と立たせた。横柄なゲルン兵に、彼女の恐怖を絶対に見せたくなかった。
 ビリーも彼女の横で、5年の歳月のゆるした限りの背すじをめいっぱいに伸ばしてすっくと立ち、テディベアを小脇に抱え、一方の手で母の手を握りしめた。そのちいさな手だけが、少年も恐怖しているのだと母に伝えていた。

 ばん、とドアが乱暴に開けられ、二人のゲルン兵が大股に入ってきた。
 背が高くて色黒の、隆々とした筋肉をもった男たちだった。
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